「キサー・ゴータミーの話」 苦しいのは自分だけではない
キサー・ゴータミーが結婚して、玉のような男子を産みました。
子供はまるまる太ってたえず微笑んでいます。
キサー・ゴータミーは、その子をかわいがって命より大切に育てます。
やがて子供が立ち上がり、よちよち歩くようになった頃、突然死んでしまいました。
動かなくなった子供を見て、キサー・ゴータミーは、何事が起きたのか分かりませんでした。
周りの人たちは、悲しんで葬式の準備を始めようとしますが、
「何をするんですか。私の子はもうしばらくしたら元気になりますから、今から薬を探してきます」と追い払います。
キサー・ゴータミーは、動かなくなった子供を胸に抱きしめると、村中を訪ね回ります。
「子供が病気で動かなくなってしまったんです。治す方法はないでしょうか」
見ると子供は死んでいるので、会う人会う人その哀れさに涙を流しましたが、死んだ人を生き返らせる方法など誰も知りません。
「かわいそうに、その子はもう死んでいるから無理だよ。諦めなさい」
と言う人がありますが、まったく聞く耳を持ちません。
「そんなことはありません。絶対に薬を知っている人を見つけ出します」
と言って次の家を訪ねます。
やがて心ある人が、今のキサー・ゴータミーには何を言っても無駄だと思い、
「私は薬は分からないけど、治せる人を知っているよ」
と言います。
「えっ?それはどなたですか?」
喜んだキサー・ゴータミーは、食い入るように聞きます。
「祇園精舎におられるお釈迦様だ」
「本当ですか?ご親切ありがとうございます。今すぐ訪ねてみます」
キサー・ゴータミーは、祇園精舎へ走って行きます。
お釈迦様のもとへたどり着いたキサー・ゴータミーは、泣きながら子供が動かなくなってしまったことを訴えて、治す薬を求めます。
子供を一目見たお釈迦様は哀れに思われ、優しく言われます。
「そなたの気持ちはよく分かる。かわいい子供を治す薬を教えよう」
「どうすればいいのですか?」
「これから町へ行って、芥子の種をもらってきなさい」
「そんな簡単なことでいいんですか?」
「そうだ。ただ一つだけ条件がある。その芥子粒は、今まで死んだ人のなかった家からもらってこなければならない」
「分かりました」
それを聞いたキサー・ゴータミーは、町に向かって一心に走りました。
町へ着くと、キサー・ゴータミーは、また一軒一軒訪ねます。
「つかぬことをお伺いしますが、この家では亡くなられた方はありますでしょうか」
「はい、うちでは昨年、父が死にました」
「うちは夫を先日亡くしました」
「以前、子供を亡くしました」
死人を出した家ばかりです。 それでもキサー・ゴータミーは、死人を出したことのない家を探して駆けずり回ります。
「あなたを何を言われる。うちは代々たくさんの人が死んでいる。だいたい世の中は生きている人よりも死んだ人のほうが多いではないか」
どれだけ訪ね歩いても、一向に芥子粒が手に入りません。
やがてあたりが薄暗くなって、みんなが夕食を食べ始める頃、もはや歩く力も尽き果てたキサー・ゴータミーは、夕闇の中、すっかり冷たくなった子供を抱きながら、お釈迦様のところへ戻って行きました。
「キサー・ゴータミーよ。芥子の種は得られたか」
「お釈迦様。死人のない家はどこにもありませんでした。私の子供も死んだことがようやく知らされました」
泣き崩れるキサー・ゴータミーに、ようやく法を聞く心が起きたことを察知されたお迦様は、
「そうだよキサー・ゴータミー。人はみな死ぬのだ。こんな明らかなことがわからない愚か者なのだよ」
「本当に馬鹿でした。こうまでしてくださらないと、分からない私でございました。こんな愚かな私でも、救われる道を聞かせてください」
こうしてお釈迦様は、死ぬのは子供だけではなく、自分もやがて死んで行かなければならない一大事があることを教えられたのでした。
「雨は一人だけに降り注ぐわけではない。」